『大日本植物志』出版が人生の仕事

その時、法科の教授をしていた同郷の土方寧君は、私を時の大学総長・浜尾新先生に紹介して呉れ、私の窮状を伝え助力方を願った。

浜尾先生は大学に助手は大勢居るのだから牧野だけ給料をあげてやるわけにはいかんが、何か別の仕事を与え、特別に給料を出すようにしようといわれ、大学から『大日本植物志』が出版される事になり、私がこれを担当する事になった。

費用は大学紀要の一部より支出された。私は浜尾先生のこの好意に感激し、私は『大日本植物志』こそ、私の終生の仕事として、これに魂を打込んでやろうと決心し、もうこれ以上のものは出来ないという程のものを出そう。

日本人はこれ位の仕事が出来るのだということを、世界に向って誇り得るような立派なものを出そうと意気込んでいた。

『大日本植物志』こそ私に与えられた一大事業であったのである。

※本稿は、『好きを生きる―天真らんまんに壁を乗り越えて』(興陽館)の一部を再編集したものです。


好きを生きる―天真らんまんに壁を乗り越えて 』(著:牧野富太郎/興陽館)

2023年NHK朝ドラマ『らんまん』主人公、牧野富太郎の生き方。 珠玉の随筆集。 好きなことだけをして生きていく。 妻の死、実家の没落、借金、大学での待遇の不遇……。 いくつもの壁を乗り越えて、好きを貫いた生き方。 やりたいことだけすれば、 人生、仕事、健康、長寿、すべてがうまくいく。 体が弱くいじめられがちな少年だった牧野富太郎。 植物の魅力にとりつかれ才能を発揮してゆく。 「植物学」を独学で習得し、東京帝国大学植物学教室へ。 貧しさや困難に見舞われながらも 「草を褥に木の根を枕 花と恋して九十年」の言葉どおり、 ひたむきに植物を愛し、その魅力を伝えることに情熱をそそいだ生き方とは。