「ロンドングラード」の見直し
この10年、ロンドンは「ロンドングラード」なる異名を冠せられてきた。スターリングラード、ペトログラード、カリーニングラードなどロシアの都市名のもじりである(グラードはロシア語で城とか都市という意味)。
ロシアの飛び地になりはてた、という皮肉をこめた愛称だ。非合法な手段をもちいてロシアで稼いだ金が持ちこまれた都市、そうした金の持ち主である新興財閥(オリガルヒ)が居をかまえた都市、という意味だけれど闇の力も一緒についてきた。ロンドンに亡命していたロシア人が放射性物質や毒薬で暗殺されている。
ロシアマネーを歓迎してきたのはサッカー界だけではなく、不動産業界、そして彼らからの巨額の政治献金を受け取ってきた政治家たちも例外ではない。
だがロシアのウクライナ侵攻を契機に、ロンドングラードの見直しが始まった。ヨーロッパのデモクラシーを揺るがしかねないロシア人の資産をロンドンの目抜き通りに、バッキンガム宮殿の周囲に置いておくのは適切なのかという疑問だ。まずは不動産の真の所有者のあぶりだしが始まっている。
タックス・ヘイブンに設立されたペーパーカンパニーの陰に隠れたロシア人の特定である。これと同時にロンドン在住新興財閥の資産凍結の動きが進んだ。
20年前にチェルシーFCを買収したアブラモヴィッチは、ロシアのウクライナ侵攻が始まった6日後、早々とチェルシーFCからの撤退を発表し、5月に43億ポンド(厳密には株式売却25億ポンドとクラブに対する18億ポンド追加投資のコミットメント)で売却した。
典型的な新興財閥である彼の資産はかたっぱしから凍結され、この売却金もその対象になったので、彼が手をつけることはできなくなった。
しかし、ロシアのウクライナ攻撃の3週間も前に、アブラモヴィッチは自身のスーパーヨットやプライベートジェット、総額40億ドルの所有権を娘たちに移していたらしい。今振り返って見ると、三女アリーナの誕生日にiPodがばらまかれた出来事など、まことにケチな話ではあった。
※本稿は、『異邦人のロンドン』(集英社インターナショナル)の一部を再編集したものです。
『異邦人のロンドン』(著:園部哲/集英社インターナショナル)
朝日新聞GLOBE「世界の書店から」の筆者が綴る、移住者たちのトゥルー・ストーリー。
移民、人種や階級差別、貧富の差……。さまざまな問題を抱えながら、世界中から人を集め続けるロンドンの実像を鮮やかに描く。