文化庁の生活文化調査研究事業(茶道)の報告書によると、茶道を行っている人が減少する中、平成8年から28年の20年間で70歳以上の茶道を楽しむ人は増加し続けているという。人生100年時代の到来で、趣味や習い事として茶道に触れる機会が増えていると考えられる。そんな中、68歳にしてお茶を習うことになった、『かもめ食堂』『れんげ荘』などで人気のエッセイスト・群ようこさん。群さんが体験した、古稀の手習いの冷や汗とおもしろさを綴ります。お稽古が始まり、お点前の実践も体験した群さん。YouTubeや参考書で復習も頑張っています。しかし、ある日お稽古場に行くとそこには見慣れないものが――。
釣釜が揺れる
三月のお稽古の初日、お稽古場にいったら、天井から鎖で釜がぶら下がっていた。
(えっ? いったいどうしたの?)
驚きつつ室内をよく見ると、炉を切ってある部屋の角のところに、上段に小さな襖がついた、菱形の3本足の黒い塗りの棚があった。下段にはいつもなら水屋から運び出す水指が、すでに置いてある。師匠から、
「ぶら下がっているのは釣釜といいます。形としては鶴首釜ですね。棚は徒然棚で、別名、業平(なりひら)棚ともいいます。
下の段のところに業平菱の透かしが入っているでしょう。お客様が座る方にひとつ、亭主が座っている左側、つまりお客様から遠い下座のほうを勝手付といいますが、そちらのほうに2つありますね。この棚には小さな襖がついていてかわいいんです。
この中にすでにお棗(なつめ)が入っているので、お点前のときに運び出す必要はありません。水指も置いてあるので、このまま使います」
と説明を受けた。天井から吊っているために五徳がなく炉の中の炭がよく見え、風も通り春らしい爽やかな雰囲気を醸し出すのだという。