現在放送中のNHK大河ドラマ『光る君へ』。吉高由里子さん演じる主人公・紫式部が書き上げた『源氏物語』は、1000年以上にわたって人びとに愛されてきました。駒澤大学文学部の松井健児教授によると「『源氏物語』の登場人物の言葉に注目することで、紫式部がキャラクターの個性をいかに大切に、巧みに描き分けているかが実感できる」そうで――。そこで今回は、松井教授が源氏物語の原文から100の言葉を厳選した著書『美しい原文で読む-源氏物語の恋のことば100』より一部抜粋し、物語の魅力に迫ります。
紫の上の言葉
<巻名>若紫
<原文>雀の子を、いぬきが逃がしつる
<現代語訳>雀の子を、いぬきが逃がしてしまったの
紫(むらさき)の上(うえ)は源氏が療養のために訪れた、北山で発見した少女でした。
源氏が垣根のそばから家のほうを見ると、10歳ほどの少女が、泣きながら走り出てくるのが見えます。
「雀の子を、いぬきが逃がしてしまったの。伏籠(ふせご)のなかに閉じ込めておいたのに」。
いぬきというのは雑務をする童(わらわ)で、少女の遊び相手でした。伏籠は香炉(こうろ)を覆う籠(かご)のことで、それを鳥籠の代用にしていたものです。