撮影:小田貴月(『高倉健の愛した食卓』より)
最後の映画スター・高倉健さんが83歳で逝去されて10年が経ちました。1996年に知り合い、17年寄り添ったパートナーの小田貴月さんによる、家庭料理を紹介したフォトエッセイ集『高倉健の愛した食卓』が刊行に。毎日の食事だけでなく、夜食やスイーツまですべて手作りだったというお家ごはんの内容をご紹介します。

秋刀魚の思い出

食べ残すことがないように、全体のボリュームを調整しながらお料理を出しましたが、献立には、お刺身なし、焼き魚なし、煮魚もなし。

一度だけ皿に残されたことがあった秋刀魚(さんま)の思い出。

高倉の好みを確かめながら献立を工夫できるようになった私は、まさに旬の時期、魚屋さんでキラキラ光る秋刀魚を見かけ、何とか焼き秋刀魚を食べてもらえないかと、少し無謀な試みをしたことがありました。

「そろそろ秋刀魚が美味しい季節ですね」
と話しかけてみたのです。すると、
「僕は遠慮しとくよ」
「骨、取りますから、食べてみませんか?」
と直球で勝負。
「いや、いいよ……」
「一度でいいですから、食べてみませんか? 試しに、どうでしょうか」
返事を待っている私に、
「……まあ、そこまで言うなら食べてみてもいいよ」

チャンス到来でした。

とはいえ、直前になって、「やっぱりいらない」と言われることも想定し、主菜のお肉の分量を増やせるようにバックアップ態勢を整えておきました。

『高倉健の愛した食卓』(著:小田貴月/文藝春秋)