133の国と地域を旅して、625ヵ所もの世界遺産を訪れている写真家・富井義夫さん。40年以上にわたって世界中を巡ってきた富井さんによる、『婦人公論』での新連載「世界遺産を旅する」。第2回は、「モン-サン-ミシェル」をご紹介します
歴史の荒波に揉まれた海上のピラミッド

フランス
四方を海に囲まれ要塞のごとくそびえ立つ岩山に惹かれて、私はこれまでに6度、この地の撮影に挑みました。メインカットは2度目に訪れた夏至の頃。22時過ぎにようやく日が沈み、水平線に残った長い残照を捉えた1枚です。夏とはいえ肌寒く、刻々と移りゆく空を見ながら、1〜2時間ほど寒さに震え写真を撮り続けました。
戦いの守護天使・聖ミカエル(フランス語でサン・ミシェル)が祀られたこの地には、「モン-サン-ミシェルに行くときは、罪を告解して、遺言を残しておけ」という中世以来の格言があります。それもそのはず、一帯は干潮時と満潮時の潮位差が最大15メートルにもなり、引き潮になると1秒間に1メートルの速さで戻ってくるのです。撮影のため周囲の干潟へと踏み出すと、粘土のように重い土に足をとられ、この道を命がけで歩いた巡礼者の苦難を思いました。