夫の“浮気”から始まる、ゆるやかな変化の物語
この本が15冊目の著作なのですが、自分と同年代の女性を主人公にしたのは、初めてのことでした。連載していた場所が『婦人公論』で、読者には私と同じくらいの年齢の方が多い。だから、同年代に向けて書いてみようと思ったのです。
主人公の絵里子は、夫と大学生の娘の3人でマンションに暮らす52歳の平凡な主婦。けれどある日偶然、夫が性風俗店へ通っている証拠を見つけてしまったのをきっかけに、穏やかだった日常が一変します。
改めて振り返る、夫との関係。大人になりつつある娘との距離。整形で美しくなった親友と、その同性の恋人。亡父の秘密。わだかまりがある母の老い──。さまざまな出来事を通して、絵里子は「妻」や「母」という役割だけの人生から、柔らかく変化していきます。
絵里子と私の世代は、男女雇用機会均等法ができた少し後に社会に出た。でも、周りには、専業主婦やパートなど、仕事より家庭に軸足を置く人が案外多いのですね。彼女たちが50歳を超えたとき、今までの人生をどう振り返るのか、総括したかった。浮気やセックスレスなど夫婦間の性や、美容整形、体の老化、子どもの自立など、この年代の気になることをぎゅっと詰め込んだ物語になりました。
子どもが社会人になり、ようやく子育てを終えたかと思えば、すぐ親の介護が始まり、自分の人生をまた誰かに沿わせなければいけなくなる。でも、その合間のほんの短い期間に何かが起こることって、あると思うのです。そんな時期、変わりたいと思った人に読んでもらえたらいいな、と思いながら書きました。
今回は「風俗」のことにも踏み込んでいます。実際にサービスを利用した人や、経営者、働いている女性たちに取材したんです。周囲では「行ったことがある」という男性が予想よりはるかに多くて、驚きました。ある店を取材していたら、平日の夕方だというのにひっきりなしに予約の電話がかかってきていましたね。「風俗の仕事って(略)介護の仕事だと思っています」というせりふは、取材した風俗の女性の発言からヒントを得たものです。
男性にはさまざまな形態の風俗があるけれど、女性には選択肢がほぼありません。でも女性にだって、セックスではなく、誰かに抱きしめてもらいたい夜は訪れる。不公平な社会だと感じます。
それからこの物語は「長女小説」でもあると、書きながら思いました。私も長女ですが、どこか生真面目で、融通が利かないところがある。親から十分愛されているのに、自分よりも妹や弟のほうが可愛がられていると思い込んで、うまく甘えられない。そういう長女が50歳を超えて、「自分って、本当に誰かに必要とされる存在なのかな」と疑問を持ち、確かめていく。そんな小説なのかもしれません。
人生も折り返し地点を過ぎると、1日1日がすごく大切に感じられます。残された時間をあまり悪い気分で過ごしたくない。もしも自分を悪い気分にするのが夫なら、「卒婚」という方法も大いにありではないでしょうか。
私自身も、息子が社会人になり、子育てがやっと終わりました。命の長さはわかりませんが、まだしばらくは生きるのでしょう。若い頃のような爆発的なエネルギーはもうなくて、昔みたいに高くは飛べません。でも自分の体をいたわりながら、低くても長く飛び続けていければいいなと思います。