婦人公論.jpから生まれた掌編小説集『中庭のオレンジ』がロングセラーとなっている吉田篤弘さん。『つむじ風食堂の夜』『それからはスープのことばかり考えて暮らした』『レインコートを着た犬』の「月舟町」を舞台にした小説三部作も人気です。

このたび「月舟町の物語」の新章がスタートします! 十字路の角にある食堂が目印の、路面電車が走る小さな町で、愛すべき人々が織りなす物語をお楽しみください。月二回更新予定です。

著者プロフィール

吉田篤弘(よしだ・あつひろ)

1962年東京生まれ。小説を執筆するかたわら、「クラフト・エヴィング商會」名義による著作と装幀の仕事を手がけている。著作に『つむじ風食堂の夜』『それからはスープのことばかり考えて暮らした』『レインコートを着た犬』『おるもすと』『金曜日の本』『天使も怪物も眠る夜』『月とコーヒー』『中庭のオレンジ』『鯨オーケストラ』『羽あるもの』『それでも世界は回っている』『十字路の探偵』『月とコーヒー デミタス』など多数。

 

第三話
証明写真(其の一)

 

 ククは十字路の食堂に行ったことがある?
 わたし、たまに行くんだけど、どういうわけか、必ず五郎さんがいて。
 五郎さん、知らない? いつもステーキを食べてるひと。
「いや、ステーキじゃなくてビフテキだよ」
 って、いちいち訂正するのがおかしくて。
「俺、いま、六十六歳なんだけど」って言ってたかな? で、とにかく、
「ビフテキさえ食べていれば、まだ老人じゃない」って。
 笑いながら言うから、本気かどうか分からないけど、きっと、わたしのことを子供だと思ってる。まぁ、五郎さんから見たら、たしかに子供なんだろうけど。
 それで考えたの。いつまでが子供で、いつからが大人なのかって。
 子供のあとは、いきなり大人なのかな? 違うよね?
 その「あいだ」があるはずだし、誰だって、その「あいだ」を知ってるのに、なぜか、「あいだ」はないことになってる。

 
 うん、そうだよね。わたしたちって、いままさにその「あいだ」だし。
 
 じゃあ、勝手に名前をつけちゃおう。子供と大人の「あいだ」の時間に。
 たとえば──「ハリネズミ」とか。

 

 ハリネズミ? なに、それ?

 

「体中が針みたいな棘でおおわれている小さな生きもの」
 ってスマホが言ってる。

 

 うん、ハリネズミは知ってるけど──。

 

 ハグができないんだよ、ハリネズミって。相手に棘が刺さってしまうし、相手もハリネズミだったら、お互い、傷つけ合うことになるし。