(写真提供:『九十一歳、銀座きもの語り』/KADOKAWA)
創業200年、数々の文士に愛されてきた、銀座の小さな老舗呉服店『むら田』。60歳でその店を継ぎ、91歳まで店に立った店主・村田あき子さん。独特の美意識で、きものを愛し続けた女店主が、きものとともに生きた日々とは。あきこさんがその人生を語った『九十一歳、銀座きもの語り』より、一部を抜粋して紹介します。

変わり者の店主

先代を知るお客様の間で今も語り草になっているのが《売ってもらえなかった》思い出です。驚いたことに、似合わないと思えば先代は絶対にきものを売ろうとしない店主だったのです。

それも身も蓋もないほど直截(ちょくせつ)に「およしなさい。似合いませんよ」などと言うので、私はいつもはらはらさせられていました。若いお嬢様に「あなたはまだきもののことを分かっていないから、もう少しお勉強していらっしゃい」と言うことさえあったのです。

そんな調子ですから時にはお客様と口論にもなりますが、少しすればまた来店して頂けるのは不思議なほどでした。そしてそんなお客様ほどいつしか先代の崇拝者のようになっているのでした。

とは言え、お客様としても、どうしても反物をあきらめられないこともあり、中には頭脳戦を展開される方もいらっしゃいました。

朝に弱い先代がまだ姿を現さない開店早々の時間を狙って、そそくさと買い物をされるのですが……、こんな工夫をしなければ好きな反物を買えない店というのも尋常ではありません。