偶然で片付けることのできない怪異を、人は「障り」や「祟り」と呼びます。怪談蒐集家の響洋平さんは、これまで15年以上にわたって怪談に携わり、さまざまな怪異体験談を蒐集してきました。そこで今回は、そんな響さんの著書『触れてはいけない障りの話』から抜粋し、お届けします。
S区の社員寮
都心に近い東京の西側。街道から狭い路地を少し入った場所に、その建物はある。
木造2階建ての古いアパート。かつてそこは、ある有名企業の社員寮だった。
「1990年頃だったと思います。私の母親が、その社員寮で管理人をすることになったんですよ。住み込みで働ける場所だったので、家族でそこに引っ越したんです」
晴美さんが、14歳の頃だったという。
その寮の1階には、管理人が家族で居住できる部屋があった。晴美さんの家族構成は、母親と晴美さんと妹の三人。家事と仕事を両立する母親にとって、住み込みで働ける環境は理想的だったのだろう。家族でその寮へ引っ越すことになった。
「ある日の真夜中なんです。突然、2階から悲鳴が聞こえたんですよ」
それは2階の突き当たり――、北側の部屋からだった。
夜中に叫び声が聞こえたと思うと、地響きのようにドタドタと階段を駆け下りる足音がして、管理人室のドアがけたたましく殴打された。
「こんな時間に、どうしたの」
母親が扉を開けると、顔面蒼白の男性が立っている。
「ごめんなさい。僕、もう耐えられません……」
それは、Aさんという社員だった。
「みんなに怖がられると思って言えなかったのですが……。実は僕、霊感があるんです。あの部屋は、もう無理です。限界です」