鍵や錠前にまつわるトラブルを解決する“鍵のスペシャリスト”鍵師。怪談師・正木信太郎さんによると、鍵師はその仕事の性質上、他の職業では決して経験することのない「何か」に遭遇することがあるそうで――。今回は、正木さんが鍵師たちから聞いた不思議な体験をまとめた怪事記『錠前怪談』から、一部を抜粋してお届けします。
良い趣味ですね
この話は、知人の伝手で紹介された、鍵師である清水さんから伺ったものだ。
数年前、彼がまだ独立して間もない頃のこと。
平日の午前中、郊外の住宅地にある一軒家から一本の電話が入った。
「床下収納の鍵が壊れてしまって、開かなくなったんです」
女性の声だった。澄んでいて、その後に続くやり取りでも、丁寧な言葉遣いだった。
だが、それだけに言葉の端々に妙な間があり、誰かの視線を気にしながら話しているような雰囲気が気になった。そして、話の最後に妙な言い回しがあった。
「昨日までは、ちゃんと開いていたんです。子供が中に入って遊んだりもしていて……」
――子供が床下収納で遊ぶ?
その時点では、まだ軽い違和感で、深く気にすることはなかった。