二階建ての一軒家へ

指定された家は、二階建ての普通の一軒家。玄関先には雨上がりの匂いが薄く立ち上っており、庭先のツツジが咲き始めていた。塀の上には洗濯物が干されており、取り立てて不穏な様子はなかった。

出てきた依頼主の女性は、電話の印象通り30代半ばで、整った顔立ちをしていた。

どこか人形じみた美しさがあり、薄いベージュのカーディガンを羽織った上品な装いで礼儀正しく出迎えてくれた。

しかし、話し方はどこか芯が抜けたようで、澄んだ瞳は焦点が定まらず、時折虚空の一点を見つめるような仕草を見せた。

「こちらです、どうぞ……二階なんです」

――二階?

違和感を覚えつつも、問いただすのは控えて従った。鍵師も言わば接客業だ、変わったお客や風変わりな現場などいくらでもある。

『錠前怪談』(著:正木信太郎/竹書房)

階段はよく磨かれていた。壁際には古びた写真立てが一つだけ飾られており、そこには笑顔の家族が写っていたが、不自然に顔がぼかされており、誰かが意図的に消し去ったかのように思えた。

案内されたのは、東向きの和室だった。窓からは柔らかな陽が差し込んでおり、畳には光の筋が斜めに落ちていた。部屋全体に漂うのは、微かに古びた木材の香りに、畳のい草の匂いが混じったものだった。印象としては、装飾の少ない部屋。

だが、その片隅に、木目調の蓋のようなものがあり、中央に回転式の取っ手が埋め込まれていた。

「昨日までは、ちゃんと開いたんですけど……」

そう呟く彼女の視線が、ふと室内の隅を見やった。変哲のない窓際の陽だまりだった――だがそこに誰かが立っているとでも言うように、彼女の目は一点を見つめていた。

「……子供が、よくここで遊んでて」

それにしては、この部屋に子供用の物は一切なかった。おもちゃも、絵本も、手描きの絵も。床下収納で遊ぶというのなら幼稚園から低学年程度の小さな子供のはずだ。それならば襖に落書きの一つでもあって然るべきなのに、それすらも見当たらなかった。