再びあの場所へ

それから数日、あの出来事が頭から離れなかった。仕事中も、あの女性の、茶室なんて珍しい、という言葉が蘇る。

ついに我慢できなくなり、彼は再びその住所を訪れることにした。

だが、その場所には何もなかった。

ただの空き地が広がっているだけだった。雑草が生い茂り、古い看板には「売地」の文字が色褪せて書かれている。どう見ても、長い間放置されている土地だった。

(写真はイメージ。写真提供:Photo AC)

茫然として立ち尽くしていると、奥の方で何かが光った。

雑草をかき分けて近づくと、そこには古い井戸があった。石組みの井戸には木の蓋がかけられ、その蓋の中央には――見覚えのある回転式の取っ手が埋め込まれていた。

あのとき修理した取っ手と、全く同じ形状だった。

古井戸を見つめたまま、彼はその場を離れた。コインパーキングに停めた車へと向かう足取りは重かった。

住宅街を歩いていると、向こうから一人の女性が歩いてくる。

その瞬間、彼は足を止めた。あの依頼主だった。

彼女は買い物袋を下げ、何の変哲もない午後の散歩をしているようだった。あの日と同じ、穏やかな表情で。

声を掛けるべきだろうか。あの家のこと、床下のこと、古井戸のこと――聞きたいことは山ほどあった。

だが、足が動かなかった。

もし彼女が本当に何も知らないのだとしたら? もし自分が目にしたものを話したら、彼女はどんな顔をするだろう?

女性は彼の前を素通りしていった。軽やかな足音だけを残して。

振り返ると、彼女の後ろ姿が角の向こうに消えていくところだった。

彼はただ立ち尽くしていた。