空洞
彼はしゃがんで取っ手を確認した。
金属部分は古び、表面は青錆に侵食されていた。取っ手の隙間には固まった埃が詰まっており、どう見ても、昨日まで頻繁に開け閉めされていたとは思えない。
「ちょっと失礼します」
彼は工具を使い、固着した取っ手を数分で修理した。回転機構が動くようになると、取っ手が現れた。瞬間、中から微かな風が吹いた気がした。
同時に、妙な匂いがした。
土と木材の湿気が混ざったような、古い箪笥の奥から漂ってくるような匂いだったという。加えて、微かに獣のような、生臭い風が鼻をかすめた。彼は蓋を開けた。
そこには、井戸のような空洞がぽっかりと口を開けていた。
収納と称するにはあまりに深く、懐中電灯を照らしても、その光すらも闇に飲み込まれて消えてしまう。底が見えない。
光を左右に振っていると、ふと何かに当たった。
最初は、石か木片の破片に違いないと、そう思い込もうとした。だが、それは丸く、妙に白い。
――これは、人間の頭部なのではないか。
その思考が脳裏をよぎった瞬間、それがゆっくりと上を向いた。
巨大な目が二つ、こちらを見上げていた。口角は上がっているのに、その表情には喜びも愛想も宿っておらず――ただ、何かを待ち続けているような、静謐な期待感だけがあった。
反射的に後ずさりし、そのまま尻もちをついた。懐中電灯が手から滑り落ち、畳に転がった。光が天井を照らし、部屋に奇妙な影を踊らせた。
暖かな春の陽気にもかかわらず、額から汗が流れた。
あれは一体何だったのか。人間なのか、それとも――。
彼は視線を依頼主へ戻した。彼女は一切身じろぎせず、さりげない所作のままそこに立っていた。その平然さが、むしろ異様だった。