
一九三三年、日本統治下の台湾。ある事件により東京の雑誌社をクビになった記者・濱田ハルは、台中名家のお嬢様・百合川琴音のさそいに日本を飛び出し、台湾女性による台湾女性のための文芸誌『黒猫』編集部に転がり込んだ。記事執筆のため台中の町を駈けまわるハルが目にしたものとは――。モダンガールたちが台湾の光と影を描き出す連作小説!
六
「もう無理よ! 絶対、あたしには無理! 記事なんて書けやしないわ」
目の前に玉蘭が座るとハルは一気に話しはじめた。隣に座った波子が、呆気(あっけ)に取られたような顔をしてハルを見ている。
恩寵高女への潜入取材も残すところ一週間となった十二月二十日、百合川からの入稿についての事務的な伝言を伝えに波子がやってきたのを幸いに、ハルは外出許可を取り、大正町の家で原稿を書いていた玉蘭も連れだして、初音町にほど近い喫茶店にきた。
喫茶店なんて校則違反じゃないの、と心配する玉蘭に、かまわないわ、どうせみつかっても謹慎程度よ、と答えて呆れられた。とにかく、ハルはもう我慢の限界だったのだ。
すっかり荒れているハルの様子に玉蘭は心配そうな表情を浮かべる。
「その十年前の事件じゃだめなの? 親友の密告と大人の事情で引き裂かれる少女たちってテーマになると思うけど。そのハガキも謎があっておもしろそうじゃない?」
ハルはテーブルのハガキを手に取ってしばらくながめていたけれど、大きくため息をついた。
「無理よ。あたし、櫻井先生をそこまで悪者にできない。駆け落ちの誘いだって思ったら、あたしだって伝言を伝えないわ。密告したのはよくないし、あたしでも友だちに同じことされたら二、三発は殴る。たしかに学校の対応はひどかった。けれど、それだけじゃ記事にならない。せめて当事者のどちらかに話がきければいいんだけど、秀玲は行方不明だし、明日子は内地でたぶんもう結婚してるんじゃない? 年齢からいっても」
