イラスト:遠藤舞
ジェーン・スーさんが『婦人公論』に連載中のエッセイを配信。今回は「旅の醍醐味」。遅めの夏休みと称し、韓国ソウルへ2泊3日の旅に出たというスーさん。観光を楽しみながら、エンターテインメントと観光と主体性について思いを巡らせて――。
旅の醍醐味
遅めの夏休みと称し、韓国ソウルへ2泊3日の旅に出た。
昭和・平成のアメ横を彷彿させる混沌とした街並みが残る一方で、若者が胸を躍らせるような近未来的建造物がドカンと立っている。かと思えば、路地裏にはシンプルに美しくデザインされたカフェが佇み、静かで贅沢な空間を生み出していた。街のコントラストと熱量に圧倒され、果たして東京は外の人からどう見えるのだろうと考えを巡らせたが、内側にいる人間には見当もつかない。
人が優しいとか、街が綺麗だとか、外国人観光客のそういった感想はSNSで散見される。コンビニスイーツを片っ端から食べ比べたり、ラーメンのあまりのおいしさに涙したりする外国人観光客の動画も観たことがある。
おそらく我々の日常はどの国からの観光客にとっても、程度の差こそあれ非日常で、それを味わい尽くすことが、旅の醍醐味のひとつなのだろう。私にとっての今回の初渡韓がそうだったように。
観光とは、自らの居住地とは異なる場所の自然や文化、食や歴史に触れる行為だ。目的は刺激だったり、喜びだったり、癒やしだったり。ある種のエンターテインメントと同様の作用を持つ。
おおよそのエンターテインメントにおいて、客は楽しませてもらう行為に対価を払う。基本的には受動的行動だ。
他方、観光は能動的要素も持つはずである。ネットでたいていのことがわかる時代でも、あえて現地に足を運ぶ人が絶えないのは、人間が実体験という「身をもって能動的に経験すること」に価値をおいているからだ。結局のところどうなのよ? を、自分の感性で確かめに行きたい欲望が、私たちには存在する。
