落語や浪曲と並ぶ日本三大話芸として、400年以上の歴史がある講談。その世界で芸を磨く七代目一龍斎貞鏡さんは、世襲制ではない講談界において初の「三代目講談師」に。私生活では5児の母として東奔西走する彼女の挑戦とは。(構成:内山靖子 撮影:木村直軌)
「見に来るな」と言われて
1月5日の初席では、午年にちなみ『團十郎と武助馬』という講談を申し上げました。おかげさまで多くのお客様にご来場いただき、本当に嬉しく思っています。近年、若手講談師が増えて勢いづいておりますので、私も講談界を盛り上げていけるよう努力を惜しまない所存です。
私は21歳のときから約15年修業を重ね、2023年には真打に昇進させていただきました。祖父も父も講談師だったので、「幼い頃から教わっていたの?」と言われることもありますが、実は私が初めて講談を聴いたのは20歳のときだったのです。
そもそも、講談界は徒弟制で、世襲制ではありません。実の祖父から一龍斎貞山の名を襲名して八代目となった父も、兄や私に跡を継がせる気はなく、高座は「見に来るな」と言っていました。
芝居と違い、講談は客席の明かりがついたままなので、高座からお客様の顔がはっきり見えます。どうやら家族がいると気恥ずかしかったようです。
父の稽古部屋から「さても、その夜は極月十四日……」などと、朗々と太い声が聞こえてくる家でしたが、私は父の職業を気にすることなく育ちました。大学では古典芸能とは無縁の欧米文化を学び、将来は客室乗務員や宝石の販売員なんて華やかな仕事に憧れていたほどです。