60歳を過ぎた木綿子は父の介護と引きこもりの娘の世話に日々追われている。不幸ではないが、いろんなものを諦めてきた人生だった。けれど、ひょんなことから知り合った2歳年下の男と出逢う。二人は互いに惹かれていくが……。遠田潤子さんが描く、静謐で過激な大人の恋愛小説。ぜひお楽しみください。

 三日後、富田林(とんだばやし)市の寺内町を訪れた。
 ここは大阪府で唯一の重要伝統的建造物群保存地区で、江戸時代からの町並みが保存されている。しかも、文化財として保護されているのではなくて、今でも実際に人が暮らしている貴重な町だ。
 白壁の向こうに杉玉が見える。塗りの剥げた大きな木製看板はすこしも変わらず古びたままだ。
 重たい木の引き戸を開けて中に入ると、出迎えてくれたのは優人(ゆうと)だった。
「いらっしゃいませ」
 すこし緊張したような、大人びた挨拶が微笑ましい。たしか今年の春から小学生か。保育園のときとは顔つきが違って、父親によく似てきた。
「こんにちは、優人君」
「こんにちは」
 客ではないとわかると途端にほっとした顔だ。続いて奥から出てきたのは剣人だ。こちらを見た途端、泣き出しそうな顔をした。
「木綿子さん、よう来てくれはりました……」
「ご無沙汰してます。元気そうでよかった。……そうそう、これ、よかったらどうぞ」
 手土産のシュークリームを渡し、店の中を見回した。霧のいたときのまますこしも変わっていないようでいて、でもなにかが変わっている。ノートパソコンがタブレットになり、古いレジスターの横にはキャッシュレス決済用の端末がある。ああ、白鳥蔵は代替わりしたのだ、と思わされた。