60歳を過ぎた木綿子は父の介護と引きこもりの娘の世話に日々追われている。不幸ではないが、いろんなものを諦めてきた人生だった。けれど、ひょんなことから知り合った2歳年下の男と出逢う。二人は互いに惹かれていくが……。遠田潤子さんが描く、静謐で過激な大人の恋愛小説。ぜひお楽しみください。

「いらっしゃいませ」
 藍染めの半纏を羽織った若い男が挨拶した。ツーブロックがよく似合う今どきの若者だ。半纏の襟には「白鳥酒造」「蓬命酒」と白で染め抜いてある。
 店の中は暗く、いかにも古かった。小さな冷蔵ケースが壁際に並んでいる。その反対側には木製のカウンターと椅子があって、壁には振り子の柱時計、古いポスターや酒造免許証などが貼ってあった。
「お忙しいところ申し訳ありません。客ではなくて『アイラブタウン』というフリーペーパーの者です」
 バッグから見本誌を取り出し、若い男に示した。
「はあ」
 男は困惑顔だ。
「南大阪一帯の情報を扱うフリーペーパーで、Webサイトもあります。突然お邪魔して申し訳ないのですが、広告出稿、クーポンに興味はございませんか?」
「……ああ。じゃ、ちょっと旦那に代わります。お待ちください」
 男は奥に引っ込むと大声で叫んだ。
「旦那ぁー、すんません。ちょっとお願いします」
 なんだか時代劇に出てくる岡っ引きのようですこし笑ってしまいそうになった。
 しばらくすると、男が出てきた。やはり藍染めの半纏に白シャツとデニム、素足に下駄を突っかけた細身の男だった。私を見て頭を下げる。