もしもし、パパ? 私よ
法医学医の日常の仕事には、死因の特定、死に第三者が絡んでいるかの確認、死亡時刻の推定に加え、死者が誰であるかの特定も含まれる。
死者の身元特定には、警察の協力のほか、死者の身分証や住所といったさまざまな情報が必要となる。多くの場合、死者の身元特定は問題なく進むが、かなりの困難にぶつかるケースも存在する。
例えば、身元を突き止めることができぬまま、3年以上も保冷庫に溺死体を保管していたことがある。必要な情報はすべて収集し、身元特定に役立つあらゆる検体を採取したのだが……。ついに検察も身元特定を諦め、身元不明者として埋葬する許可を出した。
さて、ジャックが娘のモーリーンと2人で暮らすようになったのは、妻のフランソワーズが10年以上も彼女を蝕んでいた「長くてつらい病」―癌という名称を避けるためによく使われている表現―で死去したからだ。末期は苦痛に苛まれていただけに、家族はフランソワーズの死を救いとして受け止めた。
夫婦にとってモーリーンは、思いがけず授かった子どもだった。2人は子どもが欲しかったのだが、フランソワーズは何度も流産し、医師もお手上げだった。夫婦は子どもを持つことを諦めていた。だが、閉経が始まったと思われたころにフランソワーズの妊娠が分かった。少々遅れて届いた天からの贈り物だが、夫婦は喜んでこれを受け取った。
フランソワーズが亡くなったのは夏の初め、学校が夏休みに入ってすぐのころだった。
葬儀の後、モーリーンは気分転換のために旅行に出ることにした。
目的地は決まっていない。バックパックに荷物を詰めながら、父親に「行き当たりばったりの旅になる」と告げた。モーリーンは大胆な娘であり、怖いもの知らずだった。暴漢に襲われることなどまったく心配していなかった。ヒッチハイクの常連であり、1人で、もしくは親友のサンドラと一緒に、フランスとイタリアの各地をヒッチハイクで回った経験の持ち主だった。今回、サンドラは都合が悪くて同行できない。仕方ない、モーリーンは1人で出発することにした。母親の死を乗り越えるために旅は必要だった。
モーリーンは自立心があって、健康的な17歳の少女だった。身長は158センチと、どちらかと言えば小柄で、体は細く(太らないように気を付けていた)、明るいブルネットの長い髪を束ねることなく、巻き毛を揺らしていた。青い目が活き活きと輝く、小さな可愛らしい顔の持ち主だ。将来は医者になりたいと考える高校生だった。
モーリーンが出発してから3週間が経ったが、連絡がないことにジャックは心配を募らせた。娘がこれほど長く音沙汰無しでいることは、これまで一度もなかったからだ。
多くの若者は休暇中の行動のすべて―飲食もこれに含まれる―をSNSにアップするのが常だが、モーリーンはSNSから距離を置いていた。友人の1人がネット上でのいじめの被害者となり、14歳で自殺未遂を起こしたことが大きな理由だ。ほかの友人と同様に、モーリーンはこの事件に大きな衝撃を受け、SNSを使うことは控えるべきだと確信した。
また、携帯電話を持っているが、自分から父親に電話をかけることはあっても、父親がかけてくる電話に出ることはほぼなかった。ジャックは、自分が娘の通信費を負担しているのに……とぼやいていた。10代の子どもを持つ親の多くは、ジャックと同じ経験をしている。娘や息子は1日中、携帯電話を握りしめて画面を見つめているのに、親からの電話にはなぜか出ない。「どうして出なかったの?」と問い詰めると「気がつかなかった」と返ってくる。どうやら若者のあいだには、特定の通知だけをスルーしてしまう現象があるようだ。