なぜか騒がしい部屋
エレベーターのない7階建ての建物。
入口に足を踏み入れた私は、なぜ自分が呼ばれたかを納得した。
数日前からひどくなる一方の悪臭に耐えかねた住民が、警察に通報したらしい。最上階に住んでいる連中が何かをやらかしたに違いない、と言い添えて。
現場を訪れた警察は、その臭いから7階に死体があると即座に判断した。通常の手続きに従い、警察は検事補に連絡し、検事補はこの件を担当する予審判事を指名し、予審判事は私に出動を要請した。
私が最上階に到達すると、すでに全員が揃っていた。
実に耐え難い悪臭が漂っていた。
私は、鑑識を従えてアパート内に入った。
複数の部屋が建物正面に沿って並んでいるアパートだ。内部に廊下はない。ゆえに、アパート内を移動するには部屋から部屋へと抜けていくほかない。悪臭という案内役に従うと、右手に進むのが間違いなく正解だ。
腐乱死体の悪臭に慣れることは不可能だ。耐え難い臭いであり、長く法医学医を務めていても耐性がつくことはない。ただし、適応する手段はある。私が見つけた手段とは、死体がある場所に迅速に足を踏み入れ―ただし、猪突猛進は禁物だ―、鼻が飽和状態となって、あの臭いに対する感受性がやや鈍るのを待つことだ。なかなか有効である。
これは生理学の応用だ。生理学を知らなくとも、誰もが経験で知っている。香水やアフターシェーブ・ローションをふりかけても、数分後には何も匂わなくなる。私たちの鼻腔の奥に備わっている嗅覚受容体が飽和状態となり、香りに反応しなくなるからだ。腐乱臭に対しても、嗅覚受容体は同じような反応を示す。強烈な悪臭なので臭いを感じなくなることはないが、反応の度合いは低くなる。
絶対に避けるべきは、腐敗臭が発生している場所と、その外とのあいだを行ったり来たりすることだ。そんなことをすれば、確実に病みついてしまう。
この手の臭いを吸収して繊維の中に閉じ込めるウールの服を着ることも禁物だ。
一つ例を挙げてみよう。1人の男性が自分の車―ポルシェであった―の中で薬を服用して自殺した。発見されたのは数日後であった。まずいことに季節は夏であり、太陽はフロントガラスを通して車内を直射したため、死体の腐敗は進み、車のシートには腐敗液が染み込んでいた。シートは手のほどこしようがないと判断され、取り換えられた。しかし、車内の臭いは消えなかった。そこで繊維類をすべて剥がしてみたが、それでも臭いは残り、車そのものを諦めるほかなかった。高価なポルシェは解体業者のもとに送られた。