大戦末期、戦艦大和とともに沖縄水上特攻を命じられた駆逐艦響は周防灘で触雷、落後する。乗組員の浦賀少尉は、日本の内海すら米軍の機雷で埋め尽くされた現実に愕然とする。
戦後、海上保安庁で日本周辺の掃海任務にあたっていた浦賀だが、ある日、緊急電により下関へ向かう。そこには多数の掃海艇が集結していた……。当時の日本の難しい立場を背景に約三十年も秘された事実をもとに、日本人にもっと知ってもらいたいと願う直木賞作家の著者が、全力で挑む歴史大作、ここに開幕!



 年明けた昭和二三年一月一日、総理大臣直属となっていた第二復員局は廃された。復員業務は厚生省に、掃海の任務と従事船舶は運輸省に移管された。
 四月一五日、内閣から提出された海上保安庁法案が国会を通過する。
 五月一日には運輸省の外局として海上保安庁が開庁した。初代長官は、不法入国船舶監視本部長を務めていた運輸官僚の藤原純雄(ふじわらすみお)。庁舎は、本館が焼け焦げた瓦礫のままである旧海軍省内の建物を修理して使った。
 まだ制服が決まっておらず、モーニングで登庁した藤原は、これだけ決まっていた庁旗を掲げた。同日はメーデーで、デモ隊が掲げる無数のプラカードの中には、「海上保安庁は海軍なり」と大書したものもあったという。
 掃海は、海上保安庁保安局掃海課の担当となった。人事の発令や人そのものの異動が一段落したころ、呉の掃海隊基地にも届いたばかりの庁旗が翻った。
「へえ、格好いいじゃあないか」
 高々と翻る庁旗を見上げ、浮田は感心するように言った。
 旗の地は紺一色。その上にコンパスと、警察マークにも使われている旭日を図案化して白色で配してある。旧軍を想起させないためとしてGHQから小うるさい指示を受けたらしいが、凜としたデザインに仕上がっている。
「貴様の格好もずいぶんましになった」
 連れ立つ浦賀は遠慮なくからかってやった。
 白いワイシャツにネクタイ、紺地のダブルに金ボタンと同じく紺のズボン。コンパスマークを梅で囲った帽章と白い日覆いをつけた帽子。浮田は制定されたばかりの制服をまとっている。ただしまだ数が足りず、呉の各掃海艇にはとりあえず一着ずつ配られた。
「一着ってことは艇長が着ろってことだと思うのだが」
「航海長にも格好を付けさせてくれと言ったのは、貴様だろう」
 浦賀のほうは着古しの、階級章と帽章をはぎ取った旧海軍第三種軍装のままだった。
「艇長よりましな格好ってのも気が引けるが、まあ行こうか」
 もう庁旗に飽きたのか、浮田はさっさと歩き出す。
 昨夜、街へ繰り出した駆特五号の乗組員三名が、酔った勢いで愚連隊と殴り合いを繰り広げ、警察の厄介になっている。浦賀たちは身元引受人として留置場へ行かねばならなかった。
「数では劣るのに、喧嘩には勝っていたそうだ。うちのやつらもなかなかやるもんだ」
「航海長にお願いしたいのだが、若い乗組員にはもっと寛容と忍耐を教えてやってくれないか。士気を高めようとしているとは分かるが、街に出たらなめられるな、とか、ぜったい負けるな、とか勇ましい訓示ばかりでは困る」
 浦賀は歩きながら小言を口にする。新しい制服を真っ先に渡したのも、浮田にもう少し落ち着きを備えてほしかったからだ。
「スマートで、目先が利いて、几帳面」
 浮田は読み上げるように言い、手に持っていた白いマフラーを首にかけた。
「負けじ魂、これぞ船乗り――か」
 旧海軍でさかんに唱えられていた標語だから、浦賀は苦もなく続けた。所属や制服、任務や戦う相手が変わっても、兵学校出の根っこは変わらない。この荒っぽい同期はそう言いたいのだろう。
「女王丸の事故があった。まだまだ掃海隊は気を張ってにゃあならん。人間相手の喧嘩ごときに負けちゃいられん」
 言ううちに浮田の表情は改まっている。この一月の下旬、岡山県牛窓町沖で定期連絡船「女王丸」が触雷沈没している。一五四名が救助されたが死者は一八名を数え、行方不明となった一五三名は絶望視されている。新憲法が生まれ、復員や引き揚げが進み、国家機構が変わっても、機雷はなお健在だった。
「留置場から帰ったら出港準備だ。海をぴかぴかにしてやる」
 たぎる戦意にあおられながら、浦賀は言った。           〈つづく〉
 

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