シャシ、と言われて、一瞬頭の中で漢字変換ができなかった。冊子? シャチ? 社労士? 聞き間違えだろうか。首を傾げつつ、綾香は秘書室の須賀晴子(すがはるこ)に向き直った。

「すみません。聞き漏らしちゃって、もう一回……」

「ごめんなさいね。帰り際に話しかけちゃって。シャシよ、シャシ。ほら、創業百五十周年の」

「ああ……」

 そういえば、みのりがそんなことを言っていた気がする。

 製造部からは社史編纂委員会に人員を出していないため、そんなプロジェクトが進行していることも忘れていた。

 創業百五十周年記念社史編纂プロジェクトは、秘書室、総務人事部、広報部の三部署からメンバーを集めて進められているらしい。須賀さんは現在、社史に掲載する写真の選定を行っているという。短く切りそろえた上品なグレイヘアを耳にかけ直し、須賀さんは綾香のデスクで持参したモバイル端末を起動して一枚の画像を表示した。

「五年前に定年退職した役員の小田さんのご実家が米農家で、おすそ分けしてもらった餅米をふかして餅つき大会やったのを覚えてる? 十九年前のこの一枚がすごくよく撮れてて、社内の交流イベントを紹介するページで使いたいって社長が言ってるんだけど、いいかな?」

「えっと……あれ? 杵を持ってるの私ですか。めっちゃ笑ってる……」

「そう! 杵と臼でお餅をつくの初めてって、楽しそうにやってたの。あの日の名鳥さん、かわいかったなあ。今ももちろんかわいいんだけど、なんていうかあのお餅つきのときは、恥ずかしがり屋の学生さんみたいでかわいかった」

「実際、学生とほとんど変わらない年頃でしたから……これ日本の伝統芸能じゃん! って、はしゃいだ記憶があります」

 年齢が一回り以上離れた須賀さんは、きっと娘を見るようなまなざしを当時新入社員だった自分に向けてくれていたのだと今さら気づき、綾香は胸が温まるのを感じた。改めて、表示された画像を見る。

 よく晴れた空を背景に――たしか、餅つき大会の会場は会社の屋上だった――へっぴり腰で杵を浮かせたスーツ姿の自分と、臼のそばにしゃがんで餅の返し手を務める横顔の涼やかな女性社員が中央に大きく映されている。二人とも楽しそうだ。そして他の社員たちも、その二人を囲んで、笑いながら声をかけ、応援している様子がよくわかる。たしかに朗らかで縁起のいい、素敵な写真だ。