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『かもめ食堂』『れんげ荘』などで人気のエッセイスト・群ようこさん。70代になった群さんが、家が嫌だった子どもの頃、転職を繰り返した若い頃など、これまでの人生を振り返った著書『この家に生まれたことが失敗だった?』より、一部を抜粋して紹介します。

やり直せるものならば

古稀を迎えたときも、友だちが、

「還暦や古稀はふつうの誕生日とは違って、そのときしかないのだから」

といってお祝いの食事会をしてくれた。還暦のときは何とも感じなかったが、さすがに古稀となると、自分はおばあさんになったのだと認識した。若い頃から、いじわるばあさんになりたかったので、それに近づいているのは事実なのだが、

「人はやっぱり年を取る」

とつくづく思った。それもものすごい勢いで。

高校生や大学生の頃は、年を取るなど遠い未来のことだと考えていたのに、社会に出たとたん、世の中の動きや自分の人生の変化に揉まれたあげく、ふと気がついたら中年になっていた。

その後、想像もできない出来事があれやこれやと起こってきて、何でこんなことにと頭を抱えたこともあったが、「自分が思うようには相手は変えられない」「身内でもいやな人物からは遠ざかる」という学びがあり、それを実行した。

自分のいっていることが正しいと私は思っていたので、相手が謝ってこないことに腹が立ち、負けたような気持ちにもなったが、それは、「今後、一切、関わらない」ということでけりをつけた。

一度はきっちりと勝ち負けの決着を決めるべく、裁判所に持っていったほうがいいのではと考えたことがあったが、長引きそうだったので、闘うよりも引くほうを選んだのだった。

相手がいないものとなれば、怒りの矛先はどこにも向かわない。決着をつけようとすると、いつも目の前に、その嫌な奴を意識しなくてはならないので、そちらのほうが気分が悪い。結局、縁を切ったほうが精神衛生上よかった。

70代は明らかに老齢なので、なるべく穏やかに暮らしたい。きちんと怒るところは怒るけれど、無駄なものは所有物もそうだし、怒りも減らしたくなった。