出るときに表示を見たら、ちゃんと左側には青色で男性用と表示してあった。自分の思い込みでそれすら見ていなかったのである。本当に申し訳ないと思いつつ用を足し、ため息をつきながら、ショッピングモールを出た。
私はおっちょこちょいだが、そんなことははじめてだった。家までの帰り道、それでは以前、あの男性用トイレから出てきた女の子は、何だったのだろうかと思った。幻覚だとあぶないが、その姿を明らかに私は見ていて、髪の毛が長くミニスカートを穿はいたきれいな女の子だったのだ。もしかしたらあれは女性ではなく男性だったのかな? などと思いながら、
(それにしても一生の不覚)
としばらくそのことを引きずっていた。しかしやっちゃったことはしょうがないので、世の中に対して、
「大変、申し訳ありませんでした」
という気持ちで過ごしている。二度とやりませんという決意である。何度もやったらそれは相当にまずい。客の大半が女性の劇場などではトイレが混むので、おばさんたちが短い休憩時間に空いている男性用トイレに押しかけたりすることがあるそうだが、無意識にやってしまうほうが、自覚がない分、まずいのは明らかだ。
あんなにはっきりと表示があるのに、それを見落としたのは、私が悪いのである。小便器で用を足している男性がいなかったのは、不幸中の幸いだった。
※本稿は、『この家に生まれたことが失敗だった?』(群ようこ:著/KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
『この家に生まれたことが失敗だった?』(著:群ようこ/KADOKAWA)
――お金に仕事、家庭運。考えてみれば70年、しでかしたりやられたりだった。
小説家・群ようこさんが綴る、家族、仕事、お金、そして70年の人生。
群さんならではの、ユーモアと温かな視点で軽妙に綴ったエッセイには、思わず共感し、心がふっと軽くなるエピソードが詰まっています。




