母が愛した山荘に移り住み、見つけた“心地よい孤独”
今から40年ほど前に両親が買った八ヶ岳山麓の小さな家に住み始めて、もうすぐ3年になります。母は作家の武田百合子さんが富士山麓の山荘で過ごした日々を描いた『富士日記』が大好きで、山荘に通う生活に憧れ、自分であちこち探してこの家に決めたそうです。私も家族とよく訪れていましたし、まとまった仕事がある時など、「一人合宿」と称してしばらく滞在したことも。いつか1年を通して暮らしてみたいと思っていましたが、なかなか機会がなかったんです。
8年前に母が亡くなってからは横浜の実家で一人暮らしをしていたのですが、3年前から猫を飼い始めたことで、山荘に行くのが難しくなりました。だったらいっそ移り住んでしまおう! と。幸い、私の仕事は場所を選びません。
住み始めた当初は予想外のことだらけで、戸惑ったり、あたふたしたり……。築40年を過ぎた家は水回りも古いし、寒い冬を乗り切るだけでも一苦労です。おまけに、当初は車の免許を持っていなかったので、買い物が大変! 最寄り駅からも遠いですし、寒風の中、電動アシスト自転車を漕いでせっせと出かけていました。
大きな絵を描きたいなどと妄想していたものの、最初の1年間は生活するだけで精いっぱい。大変なことばかりでしたが、それ以上に「いいなぁ、ここ」と思う気持ちが大きかったです。とにかく自然が豊かで、鳥たちがいっぱい窓辺にやってくる。南アルプスの山々は、天気や季節によって色が違っていて、「おーい」と声をかけたくなります。
庭づくりも始めました。もともと母が愛して、いろいろなものを植えていた庭。しばらく行かないうちに荒れていたので、少しずつ手を入れ始めたのです。仕事中も、窓から庭を見て、枝ぶりや花が気になるとつい出てしまうので、ちょっとまずいのですが(笑)。朝1時間、午後2時間と時間を決めています。
『五十八歳、山の家で猫と暮らす』は、そんな日々をつづった本です。山の家は母との思い出が濃い場所なので、「ここで暮らすのなら、母に捧げる思いも込めて本を作らなくては」と思っていたのです。文章を書く時は、イラストと同じように「下書き」を大事にしています。ノートに書いて、ある程度まとまったらパソコンに打ち込み、プリントアウトしてさらに推敲を重ねていきました。
山荘には、敬愛する詩人メイ・サートンの本を全部持ってきました。彼女は50歳を前に都会から田舎の一軒家に引っ越し、名著『独り居の日記』を発表します。サートンが時間をかけて地元の人たちと信頼関係を築いていく経緯がうれしくて、読みながら「あぁ、よかったなあ」とわがことのように思ったり。
私も引っ越した当初は、母と交流のあった2家族しか知り合いはいませんでしたが、そのうち地元の卓球クラブに入れてもらうなど、思いもかけない人間関係が生まれました。
当初は1年のつもりでしたが、まだしばらくはここにいそうです。「寂しいでしょう?」とよく聞かれますが、もう人生の半分以上は一人暮らしなので慣れっこですし、飼い猫もいてくれますからね。「孤独」という言葉にはマイナスな印象もありますけど、「いい孤独」や「心地よい孤独」だってある。山のふもとでそれを感じられる喜びのほうが、ずっと大きいんです。