イラスト:みずうちさとみ
記憶力が衰える、みじめ、老い先が短い……。老化はイヤなことだから避けたい、年はとりたくない、と人はいつしか考えるようになりました。神戸大学大学院准教授の増本康平さんは高齢者心理学の見地から、その風潮に警鐘を鳴らします(構成=内山靖子 イラスト=みずうちさとみ)

訓練で身に着けたスキルは忘れない

僕は大学の授業で、「高齢期(65歳以上)はポジティブにとらえることができる」という話をよくします。一般的に加齢がネガティブなことと考えられがちなのは、容姿の変化や体の衰えに加えて、記憶力の低下に対する不安があるからではないでしょうか。

加齢が認知機能にどのような影響を与えるか。その研究に参加してくださる高齢者の方も、皆さん口を揃えて「年のせいで物忘れが増えた」「人の名前がすぐに出てこなくて」と嘆きます。「自分が高齢になったとき、記憶力が衰えるに違いない」と考える若い世代も多いでしょう。

でも実際のところ、加齢によって記憶機能のすべてが衰えるわけではありません。加齢の影響を受けやすいものと、そうでないものがあるからです。

たとえば、長年の訓練で身に着けたスキルは、衰えにくい記憶のひとつです。自転車を停めた場所を忘れることはあっても、自転車の乗り方は忘れませんよね。毎日料理をつくっている主婦が、調理や味つけの方法を忘れることもないでしょう。

パソコンのキーボードのブラインドタッチもそうですし、よく研究対象とする将棋やチェスのプロ、ピアニストなどには、長く活躍しておられる方が大勢います。