文豪にして、大変態――? 発禁処分、三度の結婚、老境の性......マゾヒズムに一生を捧げた谷崎潤一郎の文学を、11人の天才たちが豪華にマンガ化した『谷崎マンガ』(中公文庫)。その中で、山口晃さんは『台所太平記』を、近藤聡乃さんは『夢の浮橋』を担当しました。山口さんはなんと本格マンガ作品は初めて! 作り上げるまでの苦労話を、2人で語り合ってーー
変化した谷崎作品への印象
――谷崎の作品を初めて読んだときのことを覚えていますか?
山口 ファースト谷崎は、教科書で読んだ『陰翳礼讃』で、それ以外は恥ずかしながらこの企画をいただくまでに1冊も読んだことがありませんでした。編集部から何作かお送り頂いた中では、女の子と銀座や横浜に服を買いにいく『青い花』や、愛人や元妻と手を切れない優男を描いた『猫と庄造と二人のをんな』などに妙な中毒性がありました。誰一人いい人や感情移入できる人が出てこないんですが、途中から楽しくなるんですね。もっとやれ、もっとやれ! と。
近藤 私も『陰翳礼讃』の一部を教科書で読みました。それ以外だと『痴人の愛』とか『刺青』あたりをタイトルに惹かれて読んだんですけど、肌に合わなくて……あまり谷崎の印象は良くなかったんです。
――そんなお二人が『夢の浮橋』『台所太平記』を選んだ理由は?
近藤 今アメリカに住んでいて、英語に囲まれて暮らしているので日本語を読むのがすごく楽しいんですよ。だから「わ! 読書ができる!」と思って初期作品から読んでいったところ、やっぱり全然好きじゃなくて、困ったなぁと(笑)。ただ、『夢の浮橋』から急に雰囲気が変わったんです。続けて『台所太平記』『瘋癲老人日記』も読んでみたら、晩年に書かれた作品はどれも好きでした。それで、何度読んでもよく分からない、何回も読み返したいと感じた『夢の浮橋』を選びました。
山口 僕もそういう風にじっくり選びたかったんですけれども、刻限が迫って参りまして……マンガの先輩である近藤さんに「『台所太平記』なんかいいんじゃないの?」とお薦めいただきました。編集の方にも薦められていたので、この作品を描けとの天命かなと。