必死で育ててきたつもりなのに、実の子どもの言動が理解できない、という親は少なくありません。大塚さんの場合、離婚した父親に会うと言って上京した息子が、戻ってきたと思ったら……。親子の縁を切ろうとまで決意させた、その事件とは。

離婚後、女手ひとつで育ててきたのに

「勝手に産みやがって!」

息子の言葉に耳を疑った。この子とうまくいかなくなったのは、いつからだろう……。

私には年子の娘と息子がいる。息子が3歳の時に夫と別居し、その後5年かけて離婚が成立。それ以来、私は生活のためスナックを経営し、必死に生きてきた。

娘が私立中学に入学した頃のことだ。私は学費の足しにと、店のカラオケで貯まる100円玉をせっせと貯金していた。ところが、まとまった額になったろうから銀行に持っていこうと見てみると、空っぽになっている。家中をひっくりかえし、警察を呼ぶ騒ぎになった。

ふたを開けてみれば、犯人は息子だった。友だち5人とゲームセンターで使ったという。それまでにも息子の万引きで呼び出されたことはあったが、ここまでの警察沙汰は初めてで、私は大きなショックを受けた。

息子が18歳になった時、急に父親に会いに行くと言って、友人と2人で上京してしまった。たまたまその頃の元夫はお金があったようで、息子たちのためにアパートを借り、生活の面倒もみていたようだ。

女手ひとつでここまで育ててきた。子どもたちと暮らすマンションだって購入したというのに……。私は棄てられたような気がして情けなくなったが、東京で成人し就職してくれたらと思い、あきらめるよう自分に言い聞かせた。ちょうどひどい更年期障害で、病院に通う日々だった。

そうして2年ほど経ったある日、わが家に布団や衣類が次々と届いたのである。そして、東京の人になったと思っていた息子が、ふいに帰ってきた。

「どうしたの、一緒のお友だちは?」

「あいつは結婚してアパートを出た」

「それであなたは帰ってきたの?」

「1人でいてもしょうがないし」

「お父さんは面倒をみてくれたでしょう?」

「あー。月に1度くらい来ていたかな。あんまり話が合わないし、一緒に電車に乗ると大声でしゃべるから恥ずかしくて、他人の振りしてたんだよ、オレ。沖縄に帰るって言ったら、すぐに飛行機の切符を買ってくれた」

私は思わず吹き出してしまった。元夫も息子が手に負えなかったのだ。息子が帰ってきたとたん、なぜか私の更年期障害の症状はピタッと治まった。