2020年11月、渋谷区幡ヶ谷のバス停のベンチにて、コロナ禍で職を失ったホームレスの女性(当時64歳)が、近隣に住む男性に殴り殺された。この殺人事件をモチーフにした映画『夜明けまでバス停で』が10月8日に公開されて話題となっているが、実際に事件はどのような結末を迎えたのか。そして新型コロナウイルスは、貧困や精神的な生きづらさを抱える女性たちへどのような影響を与えてきたのか。元新聞記者で、女性や子どもたちの問題をテーマに取材執筆を行う樋田敦子さんがその実態に迫る。
「彼女は私だ」の声
事件から1ヶ月も経たない20年12月6日、大林さんを追悼する集会が代々木公園で開かれた。約170人が集まり「彼女は私だ」「路上生活者に暴力をふるうな」というプラカードを持って渋谷駅周辺をデモ行進した。参加した一人に話を聞く。「本当に他人事ではない。明日は私の身に降りかかってくる出来事かもしれません」
取材で5回、幡ヶ谷に通った。バス停付近の店の人に、事件の話を聞いても素っ気ない答えしか返ってこなかった。中華料理店の女将は「ああ」と答えただけで、話にはのってこない。散歩をしていた高齢の男性が言う。
「もちろん事件があったのは知っているよ。事件の直後は、たくさんの報道陣が来たからね。でも、もう騒がないでほしい。幡ヶ谷の町の魅力が下がっちゃうようで。いい町なんだよ、昔から―」
3回目の訪問で、40年以上も幡ヶ谷の地域に住んでいるという70代の女性に話を聞くことができた。自分は賃貸マンションに住んでいるが、地元の人々は、所有する土地にマンションを建て、そこの家賃収入で生活している人も多いのだという。
「8050(ハチゼロゴーゼロ)問題というのですか。引きこもりらしき息子と溺愛する母親、そんな親子をこの地域ではたくさん見かけますよ。都心のマンションの家賃収入なら、家族が食べるには困らないですからね。
マンションの管理をしながら暮らしている人は、子どもの同級生にもいる。うちのマンションの管理人も大家の息子。捨てたゴミをいちいち開けて調べるし、燃えないゴミが入っていようものなら烈火のごとく怒る。あの子大丈夫かしら、事件を起こさないかしらと夫と話していました」