(撮影=本社写真部・奥西義和)
主婦生活のなかで思いがけず生まれた英語翻訳者への夢――。想像もしていなかった人生のターニングポイントを迎えた女性の手記を、作家の唯川恵さんはどう読んだのでしょうか。(構成=篠藤ゆり 撮影=本社写真部・奥西義和)

好きだという気持ちに突き動かされて得たもの

今回、小説とは違う、手記ならではの感動を味わいたいと、とても楽しみにしていました。半面、原稿を手にするまでは、手記という特性上、少し愚痴っぽい作品が多くなるかもしれないなと危惧していたのも事実です。ところがいざ読んでみると、読後感がとてもさわやか。それぞれ、自分の身に起きた出来事を冷静に見つめて書いた、いい作品だなと感じました。

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澤口朋子さんの「パート代で学費を捻出、英語翻訳者への夢を追う」は、拍手を送りたくなりました。学費を自分で稼ぎ、病気などさまざまな事情で勉強を中断しても、また復帰する。シンプルな言い方ですが、ただただ「偉い!」のひとことです。

だからこそ私は、読みながら「ダンナさん、少しくらい学費を出してあげたらいいのに」などと思いました。そもそも学校に通うにあたって、「難関は夫である。承諾を得るために、意を決して切り出した」というのも驚いてしまいます。

でも澤口さんは、夫に対する愚痴は書いていません。こういう抑制が利いているところが、すばらしい。私だったら、ちょっぴり恨みがましく書いてしまったかもしれません(笑)。でも書かなくても、女性の読者には、澤口さんのそのときの気持ちは伝わっていますよね。

冒頭で上司が、「女性社員が結婚して退社してくれるのは、会社としてとてもありがたい。会社はしょせん男のための組織だからね」と言います。今から約30年前の当時、日本社会はまさにこんな感じでした。そして、結婚したからには、妻は何をするにも夫の許可を得なくてはいけないという通念がまだ残っていた。だからこそ、よくぞこれまでがんばったなと思うのです。

やはり、何かを好きだという気持ちは偉大ですね。私も小説を書き始めた頃は、誰に書けといわれたわけでもないのに、書きたいという気持ちに突き動かされて、ひとりで一所懸命書き続けていましたから。もしデビューできなかったとしても、たぶん一生書いていたと思います。