テイラーが見つめてくる
詩人の伊藤比呂美さんが『婦人公論』で連載している好評エッセイ「猫婆犬婆(ねこばばあ いぬばばあ)」。夫が亡くなり、娘たちも独立、伊藤さんは20年暮らしたアメリカから日本に戻ってきました。熊本で、犬2匹(クレイマー、チトー)、猫2匹(メイ、テイラー)と暮らす日常を綴ります。Webオリジナルでお送りする今回は「ズビズバ」。お風呂場で何十年も使っていたスポンジを変えるべく、同じ型の新品を購入したけれど――。(文・写真=伊藤比呂美さん)

うちのお風呂場の、風呂おけにじゃーとお湯をためるための蛇口の上の、お湯の口と水の口の間の管に(名前がわからなくて苦労して説明しています)、スポンジが一個、はさんである。

もう何十年もはさんである。

お風呂のお湯を抜くときに、そのスポンジで風呂おけの中をざっとこすっておくと、次のお風呂の前の風呂おけ洗いが楽になる。そのためのスポンジである。

それは黄色くて、オバQのような体形で(こないだ出てきたばっかりだ。どうしてこんなに思い出すのだろう)、目と口のところに穴があいている。笑うでもなく、悲しむでも怒るでもなく、ただそこに存在して、あたしや家族たち(ここ数年は誰も来ない)が湯船につかるのを見守ってきたのである。

何十年もそこにいたからもうぼろぼろだ。みなさんもスポンジの古くなったのは見知っているはず。ダマができ、あちこち破れてヘタっているのだ。

買い替えたいなあと、見るたびに思っていた。どこで売ってるのかわからない。近所のスーパー、別のスーパー、生協、近所のホームセンター、別のホームセンター、探してみたが見つからない。

探すうちに、似たようなスポンジなら見つけた。アクリル不織布で、ペンギン型だったりおさかな型だったりして、クチバシや尻尾がとんがっていて、それが縁やらコップの底やらの汚れを取る。

何度も買ってみたのだが、取り替えた後、あたしはどうしてもあの顔をミスしてしまって、ミス、miss、I miss you の miss、日本語でなんと言ったらいいのかなあ、「いなくて寂しくて会いたくてたまらない」という感情か。それで捨てようと思っていた古スポンジを元に戻した。

ペンギンもおさかなもとてもかわいいが、目が合わないのだ。あの顔は、目をそむけずにあたしを見て、何も主張はせず、ただ見守るのだ。