ロンドンの変貌
セカンダリー・スクールに入って間もないころ、娘がiPodを欲しい欲しいと念仏のように唱えはじめた。
僕はたまたまiPodを持っていた。純白の筐体(きょうたい)でスクロール・ホイールがなめらかに回り、背面のステンレスが日本刀のように輝く第一世代である。
さまざまな思い出のこもったガジェットではあったけれど、そのころはすでに会社勤めを辞めていたから、通勤電車の中で音楽を聴くことはもうなかった。僕は気前よく、あげようかと言った。
娘は嬉しい顔をしない。想定内の反応ではある。おさがりというのは嫌なものだ。お姉さんからのおさがりでも嫌なのに、姉のいない一人っ子の娘におさがりは突然父親から降ってくる。
「何これ? おもいよ、おおきいよ」確かにそのときはもうiPodも世代交代が進み、「ナノ」とやらが主流で、重さは初代の15パーセント程度しかない。
「いやしかし、最近のはメモリーが半導体だけどこれはハードディスクだぞ。たいしたもんだろう、こんなちっちゃな箱の中でディスクが回ってるんだ。だから音質は断然こっちがいい。それにこの背面のステンレスは鏡面仕上げだから手鏡の代わりにもなる」と非科学的な説明に熱を入れるが、彼女は日本語がわからないふりをしている。
この話題は、娘の学校の父兄会(来ていたのは半分が母姉だから適切な表示ではないが)で隣になったレバノンのビジネスマンの共感を呼んだ。彼も2人の娘にiPodをねだられてうんざりしていたのと、彼もまた新しもの好きで初代iPodの所有者だったのである。
「あのホイールの静かなクリック感がいいんですよね。でもあのモデルは発売されてもう10年近くになるから、バッテリーは換装したほうがいい」。サムと名乗る彼は、背面のステンレスに傷がついた場合に、特殊な磨き粉を使うべきことまで教えてくれた。