森口さん「国鉄新宿駅の隣に西武の駅を造る構想は、戦前からあった」(写真提供:Photo AC)
日本全国に張り巡らされた鉄道網ですが、人口減少もあって赤字路線が増加。23年10月には、再編を促す改正地域公共交通活性化再生法も施行されました。それでも鉄道は私たちの足として不可欠で、今では「趣味」として楽しむ方も多くいらっしゃいます。そんな鉄道ファンの一人が、森口誠之さん。いわゆる「乗り鉄」で国内、海外を旅する中、鉄道の歴史を調べる趣味もあるとか。森口さんいわく「国鉄新宿駅の隣に西武の駅を造る構想は、戦前からあった」そうで――。

国鉄新宿駅の隣に西武の駅を造る構想が

西武新宿線の起点となる西武新宿駅は、JR新宿駅から400mほど北にある歌舞伎町に位置する。同駅からJR新宿駅までは十数分はかかるので、新宿線ユーザーでJR線に乗り換える人は隣の高田馬場駅を利用する。

ゆえに、西武新宿駅の乗降客数は西武高田馬場駅の6割と意外に少ない。そんな不便な西武新宿駅であるが、半世紀前には、国鉄新宿駅と隣接した場所に高架ホームを整備する計画だった。

1964(昭和39)年にオープンした駅ビルの新宿ステーションビル、今日のルミネエスト新宿の駅ビル2階部分には、西武駅の改札や駅事務室のスペースが確保されていた。国鉄新宿駅の隣に西武の駅を造る構想は、戦前からあった。

西武鉄道(今の西武の前身の1つ。旧西武)は、1927(昭和2)年に村山線(現・新宿線)高田馬場〜東村山間の営業を始める。

当初は、高田馬場から早稲田地区へ延伸する計画で免許も持っており、下戸塚で東京市営地下鉄、早稲田で市電と接続する計画だった。ただ、省線戸山ヶ原貨物駅や東京市営地下鉄の計画がなかなか決まらず、旧西武は延伸線を着工できなかった。

西武新宿線の国鉄新宿新延伸線<『開封!鉄道秘史 未成線の謎』より>

その後、旧西武は1937年9月に高田馬場〜新宿間の免許を申請し、東京西部の交通拠点として発展著しい新宿への直通を目指した。だが、鉄道省は新宿駅の敷地が狭いことを理由に申請に難色を示し、申請書を塩漬けする。

西武延長線の予定ルートは山手線や山手貨物線(今の埼京線など)と交差しており、省線側の運転取扱の上で妨げになることも問題視していた。終戦直後、武蔵野鉄道(現・西武池袋線)は旧西武を合併し、1946(昭和21)年に西武鉄道と社名を変更する。