筆箱の中に自分の小さな宝物を入れて

そんな昭和の子供事情を象徴していたのが筆箱である。

お金持ちの子供は最新式の、何面も扉のついたキャラクター柄の立派な筆箱で周りの羨望を独り占めするわけだが、それが悔しい子供はなんとか自分の持っている普通の筆箱の価値を上げるための工夫を凝らすのである。

普通の筆箱の価値を上げるのに一役買ったのが、初夏の北海道に現れるクワガタという甲虫である。

『扉の向う側』(著:ヤマザキマリ/マガジンハウス)

森林や電灯付近の壁といった場所で見つけたこの立派な虫を筆箱に入れて学校へ持って行き、これ見よがしにお披露目するのである。どんなにオンボロの筆箱であっても、中に立派なミヤマクワガタなんかが入っていれば、クラス中の子供たちの注目の的となった。

虫に興味のない女子は、筆箱の中に自分の小さな宝物を入れて持って行くわけだが、私の場合は、近所の鉄工所で拾う不思議な部品を、なんの変哲もない古い筆箱の中に忍ばせ、皆にやたらと羨ましがられたことがあった。

ただ、やはりお金持ちの女の子がキラキラするようなアクセサリーなどを持ってくれば、私の鉄鋼部品人気もそこまででしかなかった。