小日向さんはみごと合格。俳優への道の第一歩を踏み出した。
――最初についた役が「百姓その一」。たった一個の台詞「あんなヤクザが役人面しやがって」というのを、「ヤクジが……」なんて噛んでしまって、横にいた串田(和美)さんが「はぁ……」って溜息(笑)。
でもとにかくメイクして舞台に出られるのが楽しくてね。しかしそのあと、なかなか役がつかない。舞台美術の裏方とか、記録のために衣装や小道具、セットの写真を撮らされたり……。なんだか嫌になってきた。
それで25の時に、「僕、若いうちに映像のほうに行きたいので劇団辞めます」って言ったんですよ、串田さんに。そしたら「何か映像の話、来たのか?」「いえ、まだです」「来てから相談しろよ」(笑)。「劇団にいても、いい話が来れば認めるよ」「じゃあ、辞めません」なんてね。
あの時、黙って辞めてれば、今日の僕はなかったでしょうね。串田さんに言われて思いとどまったのが第二の転機だと思いますね。
<後編につづく>
小日向文世
俳優
1954年北海道生まれ。77年から「オンシアター自由劇場」に所属。劇団解散後は映像にも活躍の場を広げ、数多くのテレビドラマや映画に出演。2011年舞台『国民の映画』で第19回読売演劇大賞最優秀男優賞、12年映画『アウトレイジビヨンド』で第86回キネマ旬報ベスト・テン助演男優賞を受賞。16年より『ぶらり途中下車の旅』ナレーションを担当。小日向さんが出演する舞台『ART』は東京・世田谷パブリックシアターにて5月27日~6月11日上演予定。以後、大阪、福岡、愛知、長野で上演予定
関容子
エッセイスト
雑誌記者を経て、エッセイストに。1981年『日本の鶯――堀口大學聞書き』で日本エッセイスト・クラブ賞、角川短歌愛読者賞受賞。96年『花の脇役』で講談社エッセイ賞、2000年『芸づくし忠臣蔵』で読売文学賞、芸術選奨文部大臣賞を受賞。『勘三郎伝説』『客席から見染めたひと』ほか著書多数。最新刊『銀座で逢ったひと』(小社刊)が好評発売中