「役者なんて、脚本次第ですよ。活かされるのもそうでないのも」(撮影:岡本隆史)
演劇の世界で時代を切り拓き、第一線を走り続ける名優たち。その人生に訪れた「3つの転機」とは――。半世紀にわたり彼らの仕事を見つめ、綴ってきた、エッセイストの関容子が聞く。第16回は俳優の小日向文世さん。紆余曲折の末、自由劇場に入所した小日向さん。しかし、なかなか役をもらえず、思い詰め「劇団を辞める」と串田和美さんに話したところ――(撮影:岡本隆史)

<前編よりつづく

自由劇場のスター的存在に

(串田和美さんに言われて劇団の退団を思いとどまった)その後、連続して役に恵まれ、小日向さんは当時六本木のガラス店の地下にあった狭い狭い「自由劇場」のスター的存在になった。まずは『上海バンスキング』、クラリネットの宮本役。それから『クスコ』のカミノ役と名演が続く。

――串田さんに引き留められて、じきに『バンスキング』に出られました。あの狭い空間に、目一杯入れて130人くらい。最高で150人も入れて。観客のなかには、脚立の上に上ったり、もう酸欠で倒れる人まで出ましたからね。

土・日2時と7時の2回公演ですけど、まだ並んでる人が大勢いたんで、10時ごろからまたやったことがありました。終演はもう夜中で電車なんてありませんよ。それでもやったんですね。『クスコ』は自由劇場の最高傑作の一つだと僕は思う。

斎藤憐さんの作で、串田さんが演出、日出子さん主演。藤原薬子の乱に材を取っているんですが、僕は皇位継承争いを勝ち抜くために、ずっと阿呆で通している第二皇子のカミノ役。変なこと言っては自分でおかしがって笑うんですよ。その笑いがどうしてもうまくできなくて。

そしたら串田さんが「コヒさ、あの笑うとこ、鼻をンガガガって鳴らして笑うんだよ」って。これやったらみんな大笑いしてくれましたよ。

そこがうまくいったら、あとは一気に。ずっと阿呆を演じてて、舞台に誰もいなくなった時、側近の家来に急に抑えた声で「油断するな」って言うんですよ。まともな言い方で。そこでお客がウワーッと息を飲んだ。これが気持ちよくてね。そこからすっかりハマりましたね。