この頃、庭に黒猫が来る。若くてしなやかな体つきをしている。
あたしは庭にスズメ用のパンを撒いていたのだ。猫がガラス戸越しに飽きずに見ているから、猫用おもちゃとして。最近スズメがよく来ると思ったら伊藤さんちなのねと隣人に言われるほど集まっていたのだが、先日はっと気がついたら、スズメは一羽もいなくて、黒猫がいた。スズメがパンを食べてると思い込んでいたが、ここしばらくスズメは来なくなっていて、黒猫がパンを食べていた。
黒猫は、毎日、庭に来た。ほとんど寝泊まりしてるようだった。ある日は庭の外、家の前でばったりあたしたちに出会い、クレイマーに「がう」と言われてぱっと逃げた。
クレイマーは追いかけたかったが、リードがあって何もできず、追いかけたさに息を荒くしながら家に入ったら、奥から猫がわらわら出てきて「ドコイッテキタカ、外ノニオイスル」(メイ)「ネコジャラシ、トッテキタカ」(テイラー)と鳴いた。
不思議なことだが、外では猫を追いかけるクレイマーがうちの猫たちには何もしない。「がう」も言わない。群れの仲間、もしかしたら家族、と認識しているわけだ。
さて、どうしたらいいか。野良猫は野生の動物や鳥の天敵。捕まえて去勢して、(去勢済みのしるしに耳先をカットした)さくら猫にして野に放すか。いや、捕まえて、うちの猫に、伊藤動植物園の猫になってもらうという選択肢もある。
うわあ、もう一匹増えるぞと心が高鳴ったが、そもそも捕まえ方がわからない。うちにいる野犬だってリードがつけられなくて困っているのにできる気がしない……と数日間考えているうちに、黒猫は来なくなった。
パンじゃなくて、煮干しでも撒いてやったら喜ぶだろうと毎日考えては、考える自分を毎日押しとどめていた。こんなにすぐいなくなるのなら、やっときゃよかった。