自分を傷つけることで、誰かを傷つけていた

「なんでそんなことすんの。やめなよ」

私の腕に線が増えるたび、男性はそう言った。「痛いでしょ」と問われて「痛くない」と答えると、少し大きな声で「いい加減にしろ」と怒られた。見ている側の痛みを慮る余裕のない私に、彼はたびたび辟易した。それでも、私の家のチャイムを押し続けた。

一緒に『LEON』を観た日、マチルダの真似をして、おどけた口調で尋ねた。

「大人になっても、人生はつらい?」

彼は、笑いながら泣いているような顔で「つらいさ」と応えた。私より10歳ほど年上に見える彼でも、人生はつらいんだな。そう思ったら、不思議と肩の力が抜けた。彼の胸に顔を埋めて泣く私に、「なぜ泣くの」と聞かない彼のことを、好きだと思った。人を好きになったことを“哀しい”と思ったのは、後にも先にもこの時だけだ。

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“台所の床に立ちすくんだまま覚った。一人で生きていけるというのは、嘘だった。一人きりで生きれば孤独さえなくなると、そう考えたのは間違いだった。ただ、自分の孤独にさえ気づかなくなるだけだった。”

あの当時、彼が隣に居てくれなかったら、おそらく今の私はいない。自分の孤独にさえ気づかず、恩人への恨みを募らせ、やがては“人”であることさえやめていたかもしれない。人と鬼の境界線は、案外近しいものだから。