「憶には膨大なスペースがあるのですが、肝心なのは使いたい時に使いたい記憶をうまく探せるかどうかです」(写真提供◎photoAC)
厚生労働省の発表では令和4年の自殺死亡率は17.5%で、前年に比べて男女ともに増加していました。快適な暮らしができるようになった現代ですが、精神的な不調で苦しむ人は多いです。そこで、100万部突破した『スマホ脳』シリーズの著者であり、精神科医のアンデシュ・ハンセン氏による「心の取説(トリセツ)」をご紹介します。忘れたいほど辛い記憶ほど、残り続ける理由とは――。

同調圧力が記憶を変える

あるテレビ番組の実験で、強盗シーンの芝居を目撃させてから、逃げた犯人の見た目や様子を目撃者に尋ねました。

最初はどの目撃者も記憶があいまいでした。あっという間の出来事でしたし、全員が驚いて呆然としていたのですから。それでもしばらくすると、現実とかなり一致した犯人の描写が出来上がっていきました。

しかしグループ中には番組の役者が1人交ざっていて、わざと事実とは違うことを証言しました。「犯人は青いショルダーバッグを肩から下げていた」と言ったのです。

他の目撃者たちは驚き、「本当に?」と疑いました。しかし次第に意見が変わっていき、「自分もショルダーバッグを見た」と言う人が増えていったのです。

それでも数人は踏みとどまり、「よく覚えていないけど、確かに肩に何か下げていたかも……?」と言いました。

目撃者たちは実験後に強盗の場面の動画を観せられましたが、その頃には全員が「犯人はショルダーバッグを下げていた」と確信していたので、「この動画は編集されたのでは?」と疑った人もいたほどです。

グループがもたらすプレッシャー、同調圧力には強い力があります。グループ内の人の多くが何かを「真実だ」と主張すると、「グループに属していたい」「はみ出したくない」という願いが脳に現実とはまったく違うことを見させたり、思い出させたりします。

警察が複数の目撃者を聴取する際、お互いに話をさせずに別々に聴取するのはもっともです。