脱税容疑
ある時、冨巨代が遊んでいると、一人の男が松の木に上って製塩所の中を覗き込んでいました。「おっちゃん、なにしてるん」と聞くと、「シー!」と言われました。
どうやら、警察か税務署の役人が、浜で若い連中が何をやっているのか調べていたらしいのです。
「若いもんがいっぱい集まって騒いでいる。どうもうさんくさい」
警察が周辺の聞き込み捜査を始めました。百福は憤慨しました。
「私利私欲のためにやっているわけじゃない。捜査をやめさせてくれませんか」
内務省の高官に頼んでみました。それが警察の耳に入り、かえって心証を悪くしたのです。
1948(昭和23)年のクリスマスの夜。
GHQの大阪軍政部長が転勤するというので、百福の経営する貿易会館で送別会が開かれました。赤間文三(当時の大阪府知事)、杉道助(当時の大阪商工会議所会頭)などが招かれて、盛大なパーティーでした。会が終わり、正面玄関から客を送り出したあと、会館の裏手に停めてあった車に乗ろうとすると、二人のMP(アメリカ陸軍の憲兵)が百福の身体を両側から抱え込んで、有無を言わさずジープに押し込んだのです。
容疑は脱税でした。
若者たちに奨学金として渡していたお金が給与とみなされ、源泉徴収して納めるべき所得税を納付していないというのです。寝耳に水です。戦後の復興のためにと思って始めた事業で、経営的には一文の得にもならない社会奉仕でした。善意が踏みにじられたという思いでいっぱいでした。