無罪放免
明美がまだ小さくて動かせない時は、仁子は一人で面会に出かけました。夜行列車で日帰りです。母乳がよく出るようにと、須磨が餅を焼いて持たせましたが、おっぱいが張って困り、帰るなりすぐに明美に飲ませました。離乳食がなかったので明美は栄養失調気味で、一歳になっても歯が生えてきません。須磨が心配して、米を粉にして、トロトロに炊いてくれたお粥で生きのびました。仁子は、面会に行っては「もう訴えを取り下げてください」と涙ながらに頼みました。
百福は「あとしばらく辛抱してくれ」と突っぱねます。
百福が折れたのは、仁子が宏基の手を引き、一歳を過ぎた明美を抱いて面会に来た日でした。前日、大阪発午後十一時の夜行列車に乗り、翌朝東京駅に着きます。午前中に事務手続きを終え、午後一時からようやく面会が始まります。時間はたった四十五分しかありません。金網をはさんでお互いの顔を見つめ合います。
さすがの百福も、二年の収監で疲労の色が隠せません。仁子は離れ離れになった寂しさと生活苦を訴えます。いつものように、あっという間に時間が来て、百福と家族は引き裂かれました。幼い子どもたちが小さな手を振って帰っていく、その後ろ姿を見て、さすがの百福も「もうこの辺が潮時かもしれないな」と感じたのです。自分一人の正義を押し通すのも限界に来ていました。
逆に弁護団からは「最後まで闘えば、必ず勝てます」と励まされましたが、訴えを取り下げました。取り下げると同時に、即刻、無罪放免となりました。
釈放された日は、神田の若喜旅館に泊まりました。二年ぶりの一家団欒です。百福の頭の毛は半分白くなっていました。明美は長期不在の父親になかなかなじめず、のちに仁子から「あなたはお父さんのこの大きなおなかから生まれてきたのよ」と言われて、ようやくなつくことができました。
本稿は、『チキンラーメンの女房 実録安藤仁子』(安藤百福発明記念館編、中央公論新社刊)の一部を再編集したものです。
『チキンラーメンの女房 実録 安藤仁子』(著:安藤百福発明記念館/中央公論新社)
NHK連続テレビ小説『まんぷく』のヒロイン・福子のモデルとなった、日清食品創業者・安藤百福の妻であり、現日清食品ホールディングスCEO・安藤宏基の母、安藤仁子とは、どういう人物だったのか?
幾度もどん底を経験しながら、夫とともに「敗者復活」し、明るく前向きに生きた彼女のその人生に、さまざまな悩みに向き合う人たちへの答えやヒントがある――寒空のなかの1杯のラーメンのように、元気が沸き、温かい気持ちになる1冊。