2018年に放送されたNHK連続テレビ小説『まんぷく』がNHK BSとBSプレミアム4Kで再放送され、再び話題となっています。『まんぷく』のヒロイン・福子のモデルとなった、安藤仁子さんは一体どのような人物だったのでしょうか。安藤百福発明記念館横浜で館長を務めた筒井之隆さんが、親族らへのインタビューや手帳や日記から明らかになった安藤さんの人物像を紹介するのが当連載。今回のテーマは「若き日の百福 ~実業家への挑戦」です。
百福の原体験
百福は『まんぷく』のヒロイン福子のモデル・仁子と出会うまでどんな人生を過ごしてきたのでしょうか。二人を引き寄せた運命の糸をたどってみます。
百福は1910(明治43)年3月5日、日本の統治下にあった台湾の地方都市、台南県東石郡朴子街に生まれました。
幼い頃に両親を亡くしました。兄が二人、妹が一人いて、子どもたち四人は祖父母のもとに引き取られました。百福は、親の面影を知らずに育ったのです。祖父の実家は織物を扱う呉服屋でした。戦前の商家はどこでもそうですが、子どものしつけは厳しく、百福も物心がつく頃には掃除、洗濯、炊事から雑用まで、なんでも言いつけられました。
百福は妹と一緒に離れ部屋で生活を始めます。親がいなくてさびしいなどと思う暇もないほど、店の中は賑やかでした。客がひっきりなしに出入りし、商品の荷受けや出荷のたびに威勢のいい掛け声が飛び交います。パタンパタンと織機の音が響きます。食事時になると、家族の他に使用人が混じって大きなテーブルを囲みます。店の活気が、百福の子ども心をとらえました。「商売は面白いな」と。
これが生涯を実業家として歩んだ百福の原体験となったのです。