帰着点を「看板」にしてはいけない

とにかく私たちが言いたいのは、マナーコントロールの帰着点を「看板」にしてはいけない、ということです。

人は「看板」があるからマナーをあらためるのではありません。「看板」を見て、それでマナーに注意を払えるような人は、そもそもマナー違反をしない人のはずです。

来訪者を子ども扱いして、「これはダメ」「あれはダメ」「これをしろ」「あれをしろ」と、あらゆる行動を規制しようとすると、キリがありません。

マナーの問題を含め、指導や指示について看板を通じて行う必要はありません。実際、ヨーロッパの町を歩くと、指示の類の看板はほとんど見当たりませんが、旅行者、訪問者は困っていません。そうした実態を踏まえて、指示対応は次の三段階に分けて考えることを提案します。

第一段階は、基本的に大人の常識に任せること。2019年の夏まで、奈良の東大寺では巨大な柱に「順路→」という赤い字の看板があちこちに貼ってありました。しかし、その夏以降、それらの看板はすべて撤去されています。それでも順路ははっきりしていますから、迷う人もなく、問題はありませんでした。一方で、東大寺の文化的価値は、これでさらに上がったと言えます。

常識で済まない、つまりどうしても分かりにくいという場合は、第二段階として看板を立てればいい。しかし極力数を抑え、文言を繰り返さず、位置をよく考えて、景観を損なわないデザインを取り入れるべきでしょう。

最後に、ひどいマナー違反が頻繁に生じている場合。これを第三段階として、罰金などの強制的な仕組みを導入します。

以上の三段階を効果的に導入するのが肝要だと私は考えます。

世界でも有数の著名な観光地を多く持ち、実際に世界各国から観光客を迎え入れなければならなくなった日本は、そろそろそのような成熟した「大人の対応」へとシフトするべき時代を迎えています。

日本も成熟した「大人の対応」へとシフトするべき時代を迎えている(写真提供:Photo AC)

※本稿は、『観光亡国論』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。


観光亡国論』(著:アレックス・カー、清野由美 中公新書ラクレ) 

右肩上がりで増加する訪日外国人観光客。京都、富士山をはじめとする観光地へキャパシティを越えた観光客が殺到し、交通や景観、住環境などでトラブルが続発する状況になっている。本書は作家で古民家再生をプロデュースするアレックス・カー氏とジャーナリストの清野由美氏が、世界の事例を盛り込みながら、建設的な解決策を検討する一冊。真の観光立国を果たすべく、オーバーツーリズムから生じる問題を克服せよ!