吉村の看病に専念しなかったことを後悔

津村も、のちになってその頃の日記を読んだ。

〈節子、寝ているうちに帰る。〉

入院中に吉村が記したその一行に、津村は打ちのめされた。病室での夕食を終え、吉村が眠るのを見届けて津村は家に帰った。

吉村の病は予期せぬものだったので、津村は連載の仕事を引き受けていた。

作家であることと、妻であること。愛する夫の今際(いまわ)の際(きわ)に、なぜ妻だけの存在でいられなかったのか。仕事を中断し、看病に専念しなかった悔いに津村はさいなまれた。

『吉村昭と津村節子――波瀾万丈おしどり夫婦』(著:谷口桂子/新潮社)