異端の編集者、鳥嶋和彦

これに加えて大きく関わるのが、当時の「ジャンプ」における鳥山明さんの担当編集者であり、『Dr.スランプ』に登場する悪役キャラ「Dr.マシリト」のモデルとしても知られる鳥嶋和彦さんです。

『ドラクエ』は発売前からその開発過程を「ジャンプ」誌上でレポートされ、さらにキャラクターデザインとパッケージイラストを鳥山明さんが担当することが可能に(写真:婦人公論jp編集部)

 

ライターとしての堀井さんにジャンプの読者ページやゲームの紹介ページを依頼していたのも鳥嶋さんであり、一種の「マンガ至上主義」に貫かれていた当時のジャンプ編集部のなかで、「マンガよりゲームの方が好き」といってはばからなかった鳥嶋さんの存在は非常に異端でした。

堀井さんとのつながりから『ドラクエ』の企画を聞きつけた鳥嶋さんは「本気でRPGをメジャーに売っていくつもりなら、最初からジャンプと組んで企画を進めよう」と持ち掛けました。

これによって、ドラクエ』は発売前からその開発過程を「ジャンプ」誌上でレポートされ、さらにキャラクターデザインとパッケージイラストを鳥山明さんが担当することが可能になったわけです。

当時すでに『Dr.スランプ』『ドラゴンボール』で立て続けにヒットを飛ばし、誰もが知る国民的マンガ家であった鳥山明さんをこのように他社のプロジェクトに関わらせることは、普通であれば担当編集者がもっとも嫌がってもおかしくないことです。

それをむしろ積極的に進めていった鳥嶋さんの先見の明が、鳥山明さんにもうひとつの代表作「ドラゴンクエスト」をもたらしたといえるでしょう。

このように、ドラクエは、その製作段階から不思議なほど外部のクリエイターとの縁に恵まれていました。

*1 千田幸信:岩手県出身。福嶋康博が立ち上げた東芝のオフコン販売代理店(MCB)に入社し、一度は退職。その縁からエニックス設立に参画して取締役となった。ちなみに漫画家の吉田戦車は親戚である。

*2 ゼビウス:1983年から稼働したアーケードゲーム。空中と地上の撃ち分けや美しいグラフィック、SF的な世界観が大ブームに。ファンの同人誌『ゼビウス1000万点への解法』はゲーム攻略本の原点である。

*3 すぎやまこういち:東京都出身。フジテレビ在籍時には「ザ・ヒットパレード」等を担当しつつCMも作曲。退社後にはザ・タイガースの楽曲やアニメ・特撮の音楽を手がけ、活動範囲はケタ外れ。2021年に90歳で没。

*4 鈴木史朗:1938年生のフリーアナウンサー。筋金入りのゲーマーで、テレビで『バイオハザード4』(当時69歳)をプレイした際に「手榴弾で一応ぶっ殺しときます」といいつつ高スコアを叩き出していた。

※本稿は、『国産RPGクロニクル ゲームはどう物語を描いてきたのか』(イースト・プレス)の一部を再編集したものです。


国産RPGクロニクル ゲームはどう物語を描いてきたのか』(著:渡辺範明/イースト・プレス)

「国民的ゲーム」として、日本のカルチャーに大きな影響を与えているドラゴンクエストとファイナルファンタジー。日本ではRPGがなぜこれほど人気なのか。ゲームで物語はどう表現されるようになったのか。元スクウェア・エニックスのプロデューサーで、気鋭のゲームデザイナーである著者が、ゲームシステム・世界観・制作体制に注目し、ドラクエとFFの功績をあらためて検証する。