そして終焉の地・景徳院へ

そしてツアー最後に訪問したのが、甲州市にある景徳院です。

あらためて先生の解説を整理すれば、織田軍から猛攻を受けた勝頼は新府城を捨てることになり、重臣の小山田信茂を頼って落ちのびます。

しかし信茂はここに至るまでに反目。勝頼らは真田昌幸の岩櫃城を目指すも、織田軍によって補足。正室・北条夫人や子・信勝とともにこの地で自刃し、甲斐武田は滅亡することに。

ツアーはいよいよ最終目的地、景徳院へ(写真:婦人公論.jp編集部)

なお、新府城から景徳院までの距離は50キロほどあるでしょうか。バスを使ってもなかなかの移動時間を要したうえ、景徳院がなかなかの山中にあることを鑑みるに、なんとしてでも生き延びようとした、勝頼らの強い意志を感じた気がします。

景徳院に到着するころには、やや陽が落ちていたこともあったのでしょうが、あたりはひんやりした空気に包まれていました。

山門をくぐって中に進んでいくと、寺院の裏手に立派な墓石が。写真手前から信勝、真ん中が勝頼、奥が北条夫人の墓でした。

手前から信勝、真ん中が勝頼、奥が北条夫人の墓(写真:婦人公論.jp編集部)