要求されたことに応えてしまう人間

先に書いたようにドキュメントの取材班というのは邪魔をしないよう
取材し続けながらも
番組としての山場や特別なシーンを常に探し求めているのである。
それは制作者として当然だ。

しかしながらこちらもそれに合わせて山場を用意することはできない。

自分の話になってしまうけど、実際に自分が取材を受けた時
私は「ずっと漫画描いてるだけで何も特別なことはないんですよ?」と
打ち合わせでお話しした。
締切の合間を縫ってファッションショー行ったり
夜中まで仕事したあとクラブに行って遊んだり、
はたまた息抜きに、と突然1人でモロッコに旅立ったりは一切ないですよ、と。

そして取材が始まったのだが朝10時ごろ出勤したら夜遅くまで漫画描いて
家帰って寝る、の繰り返しすぎて
「あ、ほんとになんもないわ」となったのか
取材班から
「思っていた以上に漫画しか描いていないので絵がずっと同じになってしまうので
もう少し変化が欲しい」と注文が入った。

今だったら「いや、、そんなこと言われても最初にそう言ったし
締切なんだからしょうがないんすけど…」と言うかもしれない。
だがなんかまだ若くて頑張り屋さんだったので、提案されるがままに
半日しかない休みの日に地元に帰って昔住んでいたあたりを歩き回る、
というやりたくもないことをやる羽目になった。
虐待を受けていたので子供時代に住んでいた場所は戻りたくないし
地元の友達とは疎遠で大人になってから1~2回集まったけどそれきりだ。

結局団地をうろうろして、やっと見つけた元同級生のやっているお菓子屋さんに行く
というだけで終わった。
ものすごい徒労感と子供時代のフラッシュバックでダメージを受けたが
そもそも断固として断れば良かっただけの話だったのだ。

だが、私のようにとりあえずその場をやり過ごそうとして
あまり深く考えないで要求されたことに応えてしまう人間というのもこの世にはいる。
そんな人間からすると監督の「断固として」という姿勢はいつも
「そっか、嫌だったら断ってもいいんだ」
という指針になるのだ。