「使わなくなったら何も残らない」わけでもない
このように「子ども時代に経験し、そのあとほとんど使わなくなった言語の痕跡は残っているのか」をめぐる知見は割れています。
ただ、痕跡は残っていないという結果をえた研究が調べていたのは、育ってくる過程で、その言語に触れる機会はまったくなく、現在もその言語に触れることはまったくないという人たちです。
それに対して、痕跡をとらえた研究で調べていたのは、育ってくる途中、自分では使わなくなったけれども、親戚との交流などでその言語に触れる機会は時々あったという人たち。そして何よりも、そういったブランクを経て、いま再びその言語の学習に取り組み始めた人たちなのです。
このようにして見ると、一定レベル以上の経験があれば、使わなくなったら何も残らないわけではなく、その課題に再び取り組もうとしたときに、その再学習を少しだけ助けてくれるようなかたちでは残っている*5ということーーたいていは、発音が少し良いということぐらいなのですがーーがわかります。
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*1 『国際結婚とこどもたち―異文化と共存する家族』(新田文輝著、藤本直訳、明石書店、1992)の70ページより。
*2 Ventureyra, V. A. G., Pallier, C., & Yoo, H.-Y. 2004 The loss of first language phonetic perception in adopted Koreans. Journal of Neurolinguistics, 17(1), 79–91.
*3 Pallier, C., Dehaene, S., Poline, J.-B., LeBihan, D., Argenti, A.-M., Dupoux, E., & Mehler, J.2003 Brain imaging of language plasticity in adopted adults: Can a second language replace the first? Cerebral Cortex, 13(2), 155-161.
*4 Au, T. K.-F., Oh, J. S., Knightly, L. M., Jun, S.-A., & Romo, L. F. 2008 Salvaging a childhood language. Journal of Memory and Language, 58(4), 998-1011.Oh, J. S., Jun, S.-A., Knightly, L. M., & Au, T. K.-F. 2003 Holding on to childhood language memory. Cognition, 86,(3) B53-B64.
*5 Bowers, J. S., Mattys, S. L., & Gage, S. H. 2009 Preserved implicit knowledge of a forgotten childhood language. Psychological Science, 20(9), 1064-1069.
※本稿は、『赤ちゃんはことばをどう学ぶのか』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
『赤ちゃんはことばをどう学ぶのか』 (著:針生悦子/中公新書ラクレ)
東京大学で認知科学や発達心理学の研究に従事する著者は、赤ちゃんの「驚き反応」に着目するなどして、人がことばを学ぶプロセスについて明らかにしてきました。子どもはラクラクとことばを覚える「天才」? 赤ちゃんは耳にした「音」をどうやって「ことば」として認識する? 生まれた時から外国語に触れていたら、誰でもバイリンガルになれる? 本書を読めば、赤ちゃんの無垢な笑顔に隠れた努力に驚かされること間違いなし!