王さんの目が怖くなくなった年

見極めの達人の王さんは打席で鷹のような目で投手をにらみつけます。一塁を守っているときですら眼光は鋭く光っています。出塁しても目を合わせるのが怖いぐらいです。

「おはようございます」とあいさつすれば、「おはよう」とは言ってくれるのですが、怖くて目を見られないほどです。四球で崩れそうな投手がけん制を一塁に入れた後は「しっかりせんか」と全力で投げ返すなど、とにかく勝利への執念がすごいのです。

『虎と巨人』(著:掛布雅之/中央公論新社)

そんな王さんの目が怖くなくなった年があります。長嶋茂雄さんが引退された翌年の1975年です。

ホームランを打った後に三塁ベースを回る王さんが笑っているように見えたのです。「今年は楽にやるんだ」みたいな感じでした。

その年はV9が終わった翌年で、長嶋さんが引退。川上哲治さんに代わり、長嶋さんが監督に就任していました。王さんだけでなく、巨人というチーム全体に張り詰めていた糸がぷつんと切れたかのようでした。